わたらせ渓谷鐵道の時刻表を見て

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前回、わたらせ渓谷鐵道が対東京通勤に使えるか否かを考えてみました。

今回は、更にわたらせ渓谷鐵道の時刻表を見て思った事を書いてみます。



早朝の足尾発間藤行き列車二本の理由

わたらせ渓谷鐵道の時刻表を見ると、毎日早朝 5時39分と 6時22分に足尾発間藤行きの列車が設定されております。

足尾-間藤間には途中駅は皆無です。沿線人口もそれ程多くはありません。

そう考えると余りにも不自然な列車ですが、物事には必ず何らかの理由がある筈です。


深夜にも不自然な最終列車が

一方、わたらせ渓谷鐵道の下りの最後の二本は、

  1. 桐生 19時56分発間藤行き
  2. 桐生 21時25分発足尾行き

となっております。

そして前者は間藤に 21時21分に着いたら、引返す形で 21時26分発足尾行き最終列車を運転します。

その前の列車が間藤 19時46分発桐生行きである事を考えるとこの時間に一区間のみの列車が設定されているのは余りにも不自然です。


足尾に滞泊させるための事実上の回送列車か

恐らく、足尾-間藤間の早朝の下り二本と上り最終便は、旅客輸送を期待していない事実上の回送列車ではないかと思われます。

現在、

  • 足尾駅は一面二線の島式ホーム、
  • 間藤駅は片面ホーム

となっており、足尾駅に二本を滞泊させるためにこのような時刻になっているのではないかと思われます。


間藤にも滞泊させられないのか?

では、足尾と間藤に一編成ずつ滞泊させれば?と思われそうですが、恐らく間藤駅には乗務員宿泊所が用意されていないのでしょう。

  • 間藤駅の駅舎には待合室しか無く、非常に単純かつ小さな作りです。

また、わたらせ渓谷鐵道の経営状況を考えれば運行要員は必要最低限に限られるのは明らかで、その中でやりくりして行かなければならないでしょう。


前回の続き:大間々より北からの対東京通勤の可能性

前回の続きになりますが、大間々から桐生への始発列車は大間々 6時04分始発です。

その次の大間々から桐生への列車は大間々 6時50分発となりますが、この列車は間藤を 5時47分に出ております。

大間々以北から通勤にわ鐵を利用するとしたらこの列車しか無いでしょう。

ですが、この列車から桐生で両毛線に乗り換えるにしても、小山着は 8時12分となり、東北新幹線ですら東京着は 9時04分となり出社には間に合わないでしょう。


大間々始発列車を間藤発にしたら…?

では、大間々 6時04分始発の列車を間藤から走らせたらどうでしょうか。

その場合、神戸(ごうど)や大間々での停車時間を切詰めても単純計算で間藤を 5時05分には出なければなりません。

当然、利用者はそれより前に起床しなければなりません。

帰宅時刻も考えたら、とてもではありませんが対東京への通勤は不可能でしょう。


そもそも需要があるのか?

そもそも、件の鉄道趣味者が主張するような対東京需要がわたらせ渓谷鐵道にあるのでしょうか?

無いからこそ、今のわ鐵の運営があるのではないでしょうか。

あの辺りだと、伊勢崎, 前橋, 高崎や太田, 足利, 館林辺りが勤務地になるのではないでしょうか。

大間々からにしても、勤務地に依ってはわ鐵を使わず赤城から東武桐生線を使うと言う手があります。

  • 件の鉄道趣味者は鉄道雑誌のライタ・フォトグラファを志望しているそうですが、これではねえ…。

通勤需要さえ怪しい

或いは、わ鐵を通勤に活用している方はどれだけいるのでしょうか。

沖縄県以上のクルマ社会と言われる群馬県にあって、鉄道を通勤に活用されている方はどれだけいるのでしょうか?

  • 制作者はかつて三重県の紀勢東線に早朝から乗り倒した事がありますが、始発から8時台半ばまで高校生ばかり(極僅かに中学生も)で、サラリーマンや OL と思われる方は一人も見ませんでした。

    わ鐵も恐らくそんな感じでしょう。


余談・早朝通勤・通学の難しさ

余談ですが、大御所演歌歌手・北島三郎さんは高校時代朝五時台の始発列車で函館まで通学されていたそうです。

このため、朝食用と昼食用の二つのお弁当を毎晩作ってもらっていたのだそうです。

早朝の通勤通学が如何に大変であるかを示すエピソードと言えます。

六十年以上前の話で、今はコンヴィニエンスストアなどもありますがやはり厳しいのは変わらないでしょう。

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